
冬季オリンピックのスノーボード解説でもおなじみの田中幸(たなか さち)さん。長野県佐久市を拠点に活動するプロスノーボーダーであり、自然ガイドとしても年間200日以上を山や森の中で過ごす、筋金入りのアウトドア派です。その一方で、小学生を筆頭に3人の娘さんを育てるお母さんでもあります。
そんな幸さんが2026年2月、「グリーンアライアンス」のアンバサダーに就任しました。自然の中で気候変動を身近に感じてきた彼女の等身大の発信に、注目が集まっています。
この連載では、幸さんの日常に少しだけお邪魔し、四季を通じてその“ありのまま”の暮らしを切り取っていきます。自然への想い、子育てをする中で感じる環境の大切さ、そして日々の生活の中で無理なく続けているSDGsアクションなど、全4回にわたってお届けする予定です。
第1回となる今回は、彼女のこれまでの歩みを振り返り、現在の活動の原点にある「自然との向き合い方」をご紹介します。
ボート選手からプロスノーボーダーへ
幸さんがスノーボードに出会ったのは、意外にも遅く17歳のとき。滋賀県出身の彼女は、もともとは琵琶湖で鍛えたボート競技の選手でした。実業団でも競技を続け、計8年間ボート一筋の生活。
しかしボートのオフシーズンにスノーボードをやってみたところ、一緒に始めた友人の方が上手くなっていったそう。これで負けず嫌いのスイッチが入り、このスノースポーツに一気にのめり込んでいきます。
23歳でボートを引退し、会社も退職。プロスノーボーダーとしての生活が始まります。とにかく滑り込まないと!と遅れを取り戻すように社会人時代の貯金を切り崩しながら、徹底的に雪山で過ごす生活を送るようになります。主戦場は「スロープスタイル」。雪で作られた専用の「パーク」で、ジャンプ台やレールなどさまざまなアイテム(障害物)をクリアしながら滑り、その完成度や独創性を競う種目です。
「プロってどんな世界かもわからなかったのですが、とりあえずいろいろな大会に出て、いろいろな場所で滑ってみようと。スノーボードのDVDや雑誌に出たい、この世界で有名になりたい、というのも大きなモチベーションでした」
国内だけでなく、冬はカナダ、夏はニュージーランドと渡り歩き、さまざまなイベントや大会に出場しながら、自らを売り込んでいきました。


大きなケガが転機となった、より自由なスノーボードの世界
トップを目指して猛進し続けた結果、25歳ころまでにはビッグイベントでも好成績を残し、DVDをはじめメディア露出も増えるなど、業界内でも知られる存在に。ところが、プロとして順調に活躍していた最中、とある大会で脊椎を損傷し、競技からの引退を余儀なくされます。
今思えば、これが転機となったといいます。ケガから回復後に訪れたカナダで、自然の斜面を自由に滑るバックカントリーの世界に出会い、すっかり虜に。
「今までパークの中だけで戦ってきたのに、実はこんな広大な山の中を自由に滑ることができるんだ、と。大会に出るのとは違う、他の表現方法をみつけたと思いました」
以来、バックカントリーをメインにした映像作品への出演やプロデュースを通じ、スノーボードの新たな魅力を発信するようになりました。

自然を舞台に、リラックスして本当に好きなことを
34歳で同じくプロスノーボーダーのご主人と結婚し、長野県佐久市へ移住。現在は、3人の娘さんを育てながら、イベントやツアーの企画・アテンド、メディア出演・ラジオパーソナリティなど多様なスタイルでプロとしての活動を継続しています。
中でも人気を博しているのが、幸さん企画の少人数バックカントリーツアー「ハッピーツアー」です。2026年も4月には長野県白馬エリアでのバックカントリーツアーが、また8月にはニュージーランドのスノーリゾートを楽しむ旅が予定されているとのこと。
「山では、肩書きもなにも関係なく、集まった人が一つの仲間としてフラットな関係でいられます。一緒に歩きましょう、一緒に滑りましょうと、同じ目的をもって行動して、美しい景色も、しんどさも共有しながら、自然と仲間意識ができあがっていく。そんなところも、こういうツアーの魅力ですね」
また、幸さん主宰によるママ向けのスノーボードコミュニティ「ハッピーサークル」も注目されています。こちらは、「1時間でもいいからスノーボードを一緒に楽しめる友だちが欲しい、雪の上で共感できるママ友が欲しい」という思いからスタートしたもの。自宅のすぐ近くにある佐久スキーガーデン「パラダ」で、冬の間、毎週水曜日に開催しています。子育て中の女性が、スノーボードを無理なく楽しめるようにと、時間もフレキシブルに対応しています。
「アウトドアで自然の空気を吸って、スノーボードをやっていると、それだけで解放されるんです。面倒なことを忘れて楽しみ、気楽に過ごせるのが魅力。リフトの上でおしゃべりしているうちに、お悩み相談みたいになったりすることもしばしば。みんな楽しんでくれているけど、なにより私が癒されていますね」

写真下:「ハッピーサークル」を行っている佐久スキーガーデン「パラダ」は、幸さんが地元でしばしば訪れるスキー場のひとつ。「日本一ファミリーにやさしいスキー場」を目指すゲレンデとしても知られる
「10年前と同じ山ではない」肌で感じる自然の変化
冬の間、週に4日は雪山で活動しているという幸さん。近場にスキー場が点在する恵まれた環境のため、家族と一緒に楽しむことも多いそうです。
そんな中、今、身をもって感じているのは、雪が少なくなっていること、そして自然が変化していることです。
「スノーボードのハイシーズンとなる1月、2月がすごく暖かい。降ってもすぐ溶ける。バックカントリーのツアーでは降りたてのパウダースノーを滑るのも醍醐味ですが、それも厳しくなっています。雪山だけではありません。たとえば、以前は家の庭で冬のあいだ楽しめていた子どもたちのソリ遊びが、今年は1回しかできなかった。この先、さらに雪が少なくなり、パウダーなんて滑れなくなるんじゃないか、子どもたちと一緒にスノースポーツが楽しめなくなるのではないか、なんて想像すると心底不安になります」
自然が身近だからこそ、小さな変化が目に見え、「温暖化」という言葉をリアルに感じるといいます。
「私は特別に“ナチュラリスト”というわけではありませんが、こういう現実を見るにつけ、何とかしないと、という思いは強くなるし、行動も変わってきますね。不必要に車に乗るのはやめようとか、ちょっとした買い物には自転車を使おうかな、とか。スノーボードの道具も、なるべく再利用素材を選ぶようにしています。リサイクルを徹底したり、地元産の旬のものを食べることやご飯を残さないようにしたりと、家族で心掛けています」

環境問題について考えるとき、幸さんは、「こうすべき」という一方的な価値観を強制されるのは息苦しいといいます。便利で快適な生活をむやみに制限するのではなく、身の回りの変化を見極め、それに応じて行動を工夫していくことが大切では、と。
「子どもたちにも、異常な気候など、生活の中で感じる違和感を大事にしてほしい。そして、何をするべきかを自分で気づき、行動していってほしいと思っています」
誰かに押し付けられたことに盲目的に従うのではなく、自分で考えて動くべき―― これまで、自分の判断を信じて、道を切り開いてきた幸さんらしい一言です。グリーンアライアンスのアンバサダーとしても、自然の中で暮らす幸さんが当事者感覚で発信する、日々の暮らしのリズムに寄り添うメッセージが期待されます。

次号は、幸さんの佐久での自然溢れる生活についてご紹介する予定です。
プロフィール
田中幸(たなか さち)
プロスノーボーダー、自然ガイド、ラジオパーソナリティ
1981年、滋賀県湖南市出身。高校時代からボート競技を始め、銀行に就職後は実業団でも活躍。25歳の時プロスノーボーダーとなり、さまざまな大会に出場。多くのDVD作品の出演やプロデュースを手掛けるほか、ツアーやイベントの企画など、国内外の雪山を拠点に活動。長年雪山に向き合い、オリンピック・スノーボード競技解説者も務めるなど第一線で活動する中で、気候変動による積雪量の変化や自然環境への影響を肌で実感。信州登山案内人(長野県認定ガイド)として自然と共生する暮らしを実践し、ラジオパーソナリティやSNSを通じて環境や地域の未来について発信を続けている。
Instagramアカウント:@sachitanaka

写真:mush(植田めぐみ)
取材協力:佐久スキーガーデン「パラダ」