生物多様性と聞くと、漠然とした自然の話に聞こえるかもしれません。しかし今、種の絶滅速度は過去1,000万年の平均と比べて数十倍から数百倍に加速しているとされています。この記事では、生物多様性とは何かという基本から、損失を招く5つの原因、そしてクロサイやサンゴ礁など今まさに危機に瀕している生き物たちの実例までわかりやすく解説します。
【この記事でわかること】
- ・生物多様性とは何か?3つのレベルでの意味
- ・生物多様性の損失を招く5つの原因(IPBESの分類)
- ・クロサイ・サンゴ礁・ミツバチなど、危機に瀕する生き物の具体例
- ・私たちが今日から始められる行動
第1章 生物多様性とは?
生物多様性とは、地球上の生きものがそれぞれ違いを持ちながら、互いにつながり合っている状態のことです。
その広がりは、3つのレベルでとらえられます。まず「生態系の多様性」は、森林・干潟・サンゴ礁など、さまざまな自然環境そのものの豊かさを指します。次に「種の多様性」は、動植物から微生物まで含めた種類の多さです。そして「遺伝子の多様性」は、同じ種であっても地域や個体によって特徴が異なる、その多様さを意味します。
地球上には500万種から3,000万種もの生物が生息していると推定されており(※)、私たちはその複雑なつながりの中に生きています。
第2章 生物多様性が失われるとどうなる?
生物多様性の損失は、遠い自然の問題ではありません。私たちの暮らしを支える基盤そのものを揺るがす問題です。
IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の2019年報告書によると、過去50年間の種の絶滅速度は過去1,000万年の平均と比べて数十倍から数百倍にまで加速しているといわれています。また、IPBESの2022年報告書では、世界で数十億人が約5万種の野生種を食料・薬・燃料などのかたちで日常的に利用していることが報告されています(※)。
生物多様性が失われることは、私たちの生活を支えるこうした自然の恵みが、少しずつ損なわれていくことを意味するのです。
※出典:IPBES地球規模評価報告書(環境省令和5年版白書より)
第3章 生物多様性の損失はなぜ起きる?IPBESが示す5つの原因
生物多様性が失われる背景には、5つの直接的な要因があります。 IPBESの地球規模評価報告書がこれら5つの要因を影響の大きい順に示しています(※1)。 それぞれの要因とともに、危機に直面している生き物の姿を見ていきましょう。
※1出典:IPBES地球規模評価報告書(環境省令和5年版白書より)
3-1 ①土地利用の変化(森林破壊など)
もっとも影響が大きいとされるのが、農地開発や都市化による土地利用の変化です。森林が農地やプランテーションに転用されると、そこに暮らしていた生き物は住み処を失います。
この土地利用の変化がもたらす影響については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
3-2 ②乱獲|クロサイの危機
必要以上に野生生物を捕獲する乱獲や密猟も、種の存続を脅かす大きな要因です。
アフリカのクロサイはその典型例です。1960年代には約10万頭が生息していましたが、密猟によって一時は約2,400頭にまで激減しました。現在もIUCNレッドリストで最も絶滅の危険性が高い「CR(Critically Endangered、近絶滅種)」に指定されています(※2)。
密猟の手口も年々巧妙になっています。南アフリカでは2007年に13頭だった密猟頭数が、2013年以降は毎年1,000頭を超えるようになりました。ヘリコプターや暗視スコープを使った組織的な犯罪ネットワークが背景にあるとされています。
3-3 ③気候変動|白化するサンゴ礁
気候変動による海水温の上昇は、サンゴ礁という生態系そのものを脅かしています。
サンゴは暖かい海域に生息していますが、通常より高い水温が長期間続くと、共生する藻類を失う「白化」が起こります。特に30℃前後の高水温が続くと、大規模な白化が発生することがあります。2024年8月末時点で、世界のサンゴ礁の約75%が大規模な白化現象の影響を受け、約44%の造礁サンゴ種が絶滅危惧種に分類されています(※3)。
このまま温暖化が進めば、2040年までに世界のサンゴ礁の70%以上で成長が止まり、2100年には99%以上が成長不能になるという研究結果もあります(※4) 。
※3出典:日本自然保護協会「世界の44%のサンゴが絶滅危惧種に サンゴ礁に迫る環境変化とは」
※4出典:筑波大学「気温2℃上昇でサンゴ礁が成長不能になり沿岸浸水リスクが増大する」
3-4 ④汚染|農薬とミツバチの減少
化学物質による汚染も、生態系を静かに蝕んでいます。
なかでも深刻なのがミツバチの減少です。ミツバチなどの昆虫は花粉を運ぶことで植物の受粉を助けており、世界の食料生産の約3分の1、全作物種数の約7割がこの働きに支えられています(※5)。ところが近年、ネオニコチノイド系農薬がミツバチの行動や生存率を低下させることが科学的に示されるようになりました。
こうした状況を受け、EUは2018年に3種類のネオニコチノイド系農薬について屋外での使用を全面的に禁止しています。
※5出典:UNEP(国連環境計画)「Pollinators under threat – so what?」
3-5 ⑤外来種の侵入|奄美大島マングースの教訓
人の手によって持ち込まれた外来種が、もともとの生態系を大きく崩してしまうことがあります。
奄美大島では1979年頃、ハブ対策としてフイリマングースが放たれました。天敵のいない環境で繁殖したマングースは2000年に推定1万頭に達し、アマミノクロウサギやケナガネズミなど奄美固有の希少種を次々と捕食しました(※6)。
その後、環境省が長年にわたって防除事業を続けた結果、2023年に奄美大島ではマングースの根絶が達成されたと判断されました。 マングースの駆除が進むにつれて在来種の個体数が回復し、生息範囲の拡大も確認されています。外来種問題の深刻さとともに、対策次第で生態系を取り戻せることを示す事例といえます。
※6出典:環境省「奄美大島における特定外来生物フイリマングースの根絶の宣言について」
第4章 世界と日本の生物多様性の現状
生物多様性の損失は、特定の地域だけの問題ではありません。
世界では数十億人が約5万種の野生種を食料・薬・燃料などとして日常的に利用しています。それほど多くの人の暮らしが自然の恵みに支えられている一方で、農地や森林、干潟の減少は各地で進んでおり、日本国内でも生物の種類や個体数が減少傾向にあると指摘されています(※)。
※出典:IPBES地球規模評価報告書(環境省令和5年版白書より)
第5章 生物多様性を守るための世界と日本の取り組み
生物多様性の損失に歯止めをかけるため、国際社会でも具体的な動きが出てきています。
2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2030年までに陸と海の30%を保全する「30by30」目標が掲げられました。企業向けには、自然に関連する財務情報を開示する「TNFD」の枠組みも広がりつつあります。
日本でも「生物多様性国家戦略2023-2030」のもと、保護区の拡大や外来種対策、企業への支援が進められています。
第6章 私たちにできること
生物多様性の問題は、専門家や行政だけが向き合う課題ではありません。日常のなかのちょっとした選択が、遠い生態系にもつながっていきます。
たとえば、こんなことから始められます。
- 外来種を安易に持ち込まない、飼育している生き物を野外に放さない
- 認証マーク(MSC・FSCなど)がついた水産物・木材製品を選ぶ
- 地産地消を意識し、食べ物の生産背景に目を向ける
- 生態系保全に取り組む団体を応援する(寄付・情報発信など)
特別なことは何もありません。今日の買い物や食の選択が、世界の生態系とつながっているという意識を持つだけでも、大きな一歩になります。
第7章 よくある質問(FAQ)
Q1. 生物多様性が失われる一番の原因は何ですか?
A.IPBESの評価では、最も影響が大きいのは土地利用の変化とされています(※1)。ただし5つの要因はそれぞれ絡み合っており、ひとつを解決すればいいという単純な話ではありません。
Q2. 日本で絶滅の危機にある生き物にはどんなものがいますか?
A.奄美大島のアマミノクロウサギやケナガネズミのように、外来種の影響で個体数が激減した種が代表例です。環境省はこうした種をレッドリストとしてまとめ、保全の優先度を示しています。
Q3. 生物多様性の損失は気候変動とどう違うのですか?
A.気候変動は生物多様性の損失を招く5つの要因のひとつです。気候変動が温室効果ガスによる気温上昇の問題であるのに対し、生物多様性の損失はそれを含む複数の要因が重なって起きる生態系全体の衰退を指します。
Q4. 企業はなぜ生物多様性に取り組む必要があるのですか?
A.多くの企業は原材料を自然資源に頼っているため、生態系が失われることは事業リスクに直結します。TNFDのような情報開示の枠組みが広がっていることも、企業が対応を求められている背景のひとつです。
Q5. 個人の行動で本当に生物多様性を守れますか?
A.一人の行動は小さくても、認証マーク付きの商品を選ぶ消費者が増えれば企業の調達方針も変わります。外来種を野外に放さないといった行動も、身近な生態系を守るうえで直接的な効果があります。積み重ねは、確実に力になります。
※出典:IPBES地球規模評価報告書(環境省令和5年版白書より)
第8章 まとめ
生物多様性は今、土地利用の変化・乱獲・気候変動・汚染・外来種という5つの要因が絡み合いながら、かつてない速さで失われています。
クロサイ、サンゴ礁、ミツバチ、奄美大島のマングース問題が示すように、その現場は多様です。一方で、マングースの根絶という成功例が示すように、粘り強く取り組めば生態系を取り戻せることも事実です。
まずは身近な選択をひとつ変えるところから。自分にできる一歩を、今日から踏み出してみてください。
生物多様性問題を含む「世界で起きている環境問題」の全体像については、こちらの記事をご覧ください。


